@「第1章 代数でのつまずき」「第2章 幾何でのつまずき」までは私の中ではすでに知識となっているのでたいへん良く理解できたが、「第3章 解析学でのつまずき」の途中から「おまえは何がいいたいんだ?」状態になってしまった。それは、p120に「対数関数」が登場したあたりからで、そのあたりの文章を以下に引用。
対数関数は計算機のはしり
対数関数log x は、十六世紀のスコットランドの数学者ネイピアによって考案された。これも、関数としてではなく、数表として与えられたものだった。対数にもいろいろな種類があるが、最も標準的な「常用対数」は、「ケタ数」を拡張したものだと考えればいい。出発点は位取りの数(10のべき)に「ケタ数引く1」を対応させる表だ。
この表には、とても重要な特徴が潜んでいる。それは、左側の列において「掛け算の等式」が成立すれば、右側の列に対応する場所では「足し算の等式」が成立するということだ。
・「べき数」って何?、というわけで全く意味がわからないままで人生過ごしてきたのであらためて新明解国語辞典をば。
べき【冪】〔数学で〕同一の・数(式)を何回か掛け合わせた結果の元の・数(式)に対する称。累乗。乗冪。
「巾」は、和算家以来の伝統的な代用字。
・漢和辞典で「冪」を見ると、@おおい、おおいぎれ、たれぬのAふきん、食物をおおうきれBおおう、かぶせるC〔数〕べき。同じ数の相乗積
・つまり、「べき数」というのは「ある数を覆っている数」で、その原理を使って計算機が成り立っている、ということなのか。
A「20数えたらお風呂からあがりましょう」とか「うちの子は小学校に入る前から100まで数えられた」とか、それは「数詞をとなえること」ができるということであって、「数を理解している」こととは異なる、という説明でびっくりした。「2は1の次ですよ」「3は2の次ですよ」と「数をとなえる」ことで「数とは何か」を教えようとするのは「数え主義」と呼ばれ、この方法がこどもがつまずく原因になっているということである。また、p163でサマンサ・アビールという数が理解できない学習障害者の話が出てきてとても興味深い。
店員が「15ドル28セントです」と言ったので財布を開いてみた。すると中には、20ドルが入っていた。それでは足りないかもしれないと思ったわたしは、時間かせぎに、店員の言った値段をおうむ返しに繰り返した。(中略)
わたしは財布を覗き込むと、一瞬ためらってから、20ドルを取り出した。その瞬間、心臓が止まった感じになった。音という音は消えうせてしまった。店員に20ドル札を手渡し、その反応をじっと観察していたときは、すべての動きがスローモーションにでもなったかのようだった。20ドルでは足りないという暗黙のサインを読み取ろうとしていたのだ。



