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2009年07月02日

日々是修業〜現代人のための仏教一〇〇話



・基本的な言葉の使い方が違ってたw

【和尚】⇒全く新しい世界に入るのだから、独力で全てを学ぶのは難しい。それで、先輩が後輩を指導するという教育システムが採用される。その指導役の先生の事を「和尚」という。新米の坊さんは、自分の和尚のそばに朝から晩まで付き従って、、坊さんとしての生活方法を教えてもらうのである。


お寺の持ち主っていうか世帯主のことを和尚さんっていうのだと思ってました。


【僧】⇒僧というと、「お坊さん」のことだと思う人が多いが、本来の意味は違う。お坊さんは「比久(男性)」または「比久尼(女性)」という。僧というのは、一人ひとりのお坊さんではなく、そのお坊さんたちが集まってつくる、集団(サンガ)である。「僧とは、四人以上の比久、あるいは比久尼がつくる集団を指す」というちゃんとした定義もある。四人以上の比久や比久尼が集まって、律の規則をきちんと守りながら、正しい修行活動を送っている、そういう状態のコミュニティを僧と呼ぶのである。

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2009年06月10日

「たいした問題じゃないが」−イギリス・コラム傑作選ー


たいした問題じゃないが―イギリス・コラム傑作選 (岩波文庫)

たいした問題じゃないが―イギリス・コラム傑作選 (岩波文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2009/04/16
  • メディア: 文庫




・E・V・ルーカスのコラム「N一字の差」で爆笑した。

@記者が植字工に原稿を渡す

「由緒ある邸宅の新しい借主は銀行家(Banker)のマイケル・スターリング氏です」

A発行された紙面では

「由緒ある邸宅の新しい借主はパン屋(Baker)のマイケル・スターン氏です」

B不動産業のガイ・ランダー氏が間違いを指摘

「スターリング氏はパン屋でなく銀行家です」

C編集長から不動産屋へ返信

「記者が銀行家と書いたのを、植字工がnを落としてしまいました。来週訂正しますが、誰も気にしないでしょう

Dスターリング夫人から編集長に抗議

「夫は病気が重く新聞を読めませんが、このことを知ったらどのような結果を招くか思うと恐ろしいことです。訂正を大々的に報じると約束してください

E編集長からスターリング夫人へ返事

御指摘の誤植は単なる誤植で意図的でないことは記者の原稿が証拠として存在しています。もちろん来週版で訂正します。スターリング氏は尊敬すべき人だとも紙面に書いてますよ。

Fスターリング夫人から編集長に再度抗議

悪意であろうと過失であろうと、貴紙が残酷な行為をしたという事実は変わりません。ロンドンの新聞の切り抜きを同封します。主人は身体が弱り意気消沈してるので気づいているのかもしれません。

※同封の切り抜き

「グロスソープ卿が由緒ある館をスターリングという名前の引退したパン屋に貸したという、イーストベリからの報道に新しい時勢が如実に現れている」

G訂正記事がでる

「キルディン館の新しい借主を「パン屋」と書きましたがもちろん「銀行家」の誤りでした。

Hパン屋から編集長へ抗議

「あなたのような見識のある方が今週のような書き方をするとは、驚き傷つけられました。引退したパン屋がどうして立派な邸を借りてはいけないのか。貴紙への広告を取りやめます


I製パン業界から抗議

「貴紙が製パン業界へあんな無礼な誹謗を言ってくるんだったら今日限り広告を引き揚げます

Jスターリング夫人から編集長に抗議

「中傷記事が流布しないように対策を講じてないようですね。おかげで私たちがキルディン館を終の棲家とすることは不可能になりました」

Kスターリング夫人から不動産屋へ手紙

「私たち夫妻の名声と評判が新聞で貶められてはキルディン館に住むことはできません。取引はなかったことに

L編集長から製パン業界へお詫び

「もちろん、と書いたのは皮肉のつもりでした。今回の出来事で私は解雇されましたので、なんとか広告を継続してください」

M編集長からスターリング夫人へ

「今回のことは過重労働で低賃金の植字工の不注意から生じたことです。夫妻には無礼な中小でご迷惑をおかけしました。記者も植字工も解雇されました


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2009年02月05日

だまされないための年金・医療・介護入門



本書はごくオーソドックスな福祉の入門書だが、著者からの献本につけられた手紙によると、この程度の話も厚生労働省の審議会では「市場原理主義」と罵倒されるそうだ。それはたぶん経済学者が、厚労省にとって「不都合な真実」を語るからだろう。その最たるものが、当ブログでも紹介した世代間の不公平だ。本書の計算では、生涯の年金・健康保険などの給付と負担の差が、1940年生まれの人はプラス4850万円であるのに対して、2005年生まれの人ではマイナス3490万円。実に8340万円もの差がついている。
池田信夫blog KU)

・このままでは若い人たちがますます年金に加入しなくなるな。
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2009年02月01日

【本】こうして新地名は誕生した!



・平成の大合併で誕生した新市名について解説した本。ダメダメな市名について何故ダメなのかが詳しく書かれている。

・特にダメなものとされているのが@瀬戸内市、四国中央市などの誇大呼称。 A筑西市、愛南市など昔からある土地から見てどの方角にあるかを市名にしたもの。西東京市や東広島市なども同様。B関係のない土地で旧国名を使用したもの。Cひらかなの市名。

・巻末で筆者が全部の市名に評価を加えていて、評価の低いものに関して代案を示しているのが興味深い。秋田県の各市についても同様なので以下に引用。


×美郷町(瑞称)⇒代案「山本塔甲町」「山本高河町」

○由利本荘市(郡市名連称)

×大仙市(郡市名頭字合成)⇒代案「仙北大曲市」

▲北秋田市(郡名やや僭称)⇒代案「椙淵市」

◎潟上市(古代郷名別字表記)

▲仙北市(郡名僭称)⇒代案「鎰刀市」「鎰太刀市」「仙北北浦市」

▲にかほ市(中世郷名かな書き)⇒代案「竹島市」「仁賀保市」

○三種町(河川名流用)

×八峰町(頭字合成)⇒代案「八森町」


・「塔甲」とか「鎰刀」とか見慣れないし読めない字が出てきましたが、これらはそれぞれ「たこう」「かぎのたち」と読むそうで昔の平か郡内の郷名だったようです。

・「かぎのたち」が「かくのだて」に変化していったとうことで。

・「鎰」は金貨の目方の単位でもあり、一鎰=二十両

【ゆざわウォッチ 〜平鹿郡】
律令国家の地方制度は、 道・国(くに)・郡(こうり)・郷(さと)となっており、 東山道の出羽国は沿岸部五郡、 内陸部六郡の一一郡である。 郷はもと里と書かれ、 郷は五〇戸で一郷とされ、 五〇戸を越えると余戸(あまるべ)となった。 余戸は郡単位に成立していたもので、 限られた地区にあり、 平安時代の前期までに成立した郡にしか存在しないと解されている。 一一郡のうち、 現在秋田県に属しているのは、 平鹿・雄勝・山本・河辺・秋田の五郡と飽海郡北部の由利地方であり、 山本・北秋・鹿角地方にはまだ郡制が施行されていなかった。 平鹿郡内の郷は 『倭名類聚抄』 (『倭 (和) 名抄』) によれば、 山川、 大井、 邑知(おうち)、 山本、 塔甲(たこう)、 御船(みふね)、 鎰刀(かぎのたち)、 余戸(あまるべ)の八郷を挙げているが、 史料 (伝本) によって内容に出入りがあり、 正しくは、 平鹿郡の郷は平鹿 (比良加(ひらか)・ひらが、 増田町辺)、 山川 (横手市・山内村辺)、 大井 (平鹿町辺)、 邑知 (大森・雄物川町辺)、 余戸 (横手市黒川辺) の五郷とされ (他は山本郡‖現在の仙北郡)、 雄勝郡は大津 (湯沢市辺) ・雄勝 (羽後町辺) ・中村 (雄勝町辺) ・余戸 (稲川町・皆瀬村辺) の四郷である (『古代史上の秋田』) と考えられる。


・また「椙淵」に関してですが、これは鷹巣・阿仁地域の古称のようです。
【秋田内陸縦貫鉄道〜北秋田市(旧阿仁町)】
旧阿仁町は、昭和30年4月、旧阿仁合町と旧大阿仁村が合併して誕生した町です。町の往古については、町内随所に発掘される土器石器に、縄文式中期から後期にかけての出土品があり、2〜3千年前の先住民族の息吹がうかがわれます。先住民族の蝦夷が延暦10年(794)坂上田村麿呂によって征服されて以来、大和民族と接触がはじまり、阿仁の地名がはじめて国史に出たのは、エゾの反乱のあった元慶2年(878)で椙淵(鷹巣、阿仁)と称されていました。阿仁鉱山の歴史は古く、延慶2年(1309)阿仁鉱山が発掘され、その後銀銅が次々と発見されて、幾多の変遷を経て元禄15年(1702)佐竹藩が直営しました。特に銅は藩内において王座を占め、享保元年(1716)には産銅日本一を記録しています。明治8年、鉱山が官営となり、欧米から新式機械の導入や、ドイツ人技師の招聘などで外来文化を謳歌したという一時期がありました。その後、明治18年に民営となり、盛衰を繰り返しつつも、昭和45年操業停止(資源の枯渇による)。昭和54年遂に閉山となりました。


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2009年01月29日

【本】となりの車線はなぜスイスイ進むのか?




@クルマを運転しているときに歩行者が危なっかしいとか対向車のマナーが悪いと憤慨する人は(私を含めて)大勢いることと思いますが、そういうときは歩行者も(私たちの)運転が危ないと思っているし対向車もなんちゅー運転だ(怒)と怒っているということです。

A交差点で赤信号を無視して進行するのは交通ルールを無視しているし大変危険だと認識している一方で、スピード違反で捕まった時には「運が悪かった。スピード違反なんてみんなやってるじゃないか」という人が多いことの不思議さ。

B子供が登下校時に悪い大人にいたづらされたり傷つけられたりするよりも親がクルマで学校まで送迎する途中で事故に会う確率のほうが高いらしい。
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2009年01月15日

【読書】日本という方法




・日本文化について振り返ってみようと考えている人と二宮金次郎さんの銅像は何を読んでいるのか知りたい人にはお勧めの一冊。
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2008年12月22日

女装と日本人



・今年読んだ本の中で三本の指に入るおもしろさだった。

・とりあえず、陰間⇒【悠々閑々〜陰間養成】を参照についての記述あたりで昔の人にびっくりする。
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2008年12月12日

9.11生死を分けた102分




・2001年9月11日にニューヨークで起きたワールドトレードセンターに対するテロリストによる航空機をつかった自爆行為で二つのビルが崩落するまでが多くの人々の証言によって構成されています。

・ビルに航空機が衝突したことはあってはならないことだったが、たとえ衝突したとしてもその部分は破壊されても他はそのままの強度を保つと考えられていたようで、その建物に対しての過信が犠牲者を多くしたことは否定できないようだ。

 神父が言ってるのは、今その瞬間に死を迎えている人たちのことだった。特に北タワーの上層部にいて、八時四十六分の旅客機の突入ののちも命があったのに、通れる非常階段を見つけられなかったために助からなかった千人あまりの人たち。彼らの運命は四十年前に、非常階段が建物の中央部にまとめられ、防火階段がスペースの無駄遣いとして廃されたときに決したのだった。北タワーの上層部は、抑えようもなく燃え広がった火に焼かれて強度を失い、巨大なクレーターのようになって陥没していた。
(p351)

・それにしても内部の惨状は想像を絶するものがあった。けたたましく非常ベルが鳴り続ける中を片腕を失いながらも脱出を試みる人、さっきまで話をしていたのにページをめくると衝突した旅客機によって命を失ってしまった人、逃げ場を失い上へ上へと行かざるを得なかった人々、そして耐えきれず窓から落下していった人々。

・災害時や非常時に連絡を密にすることがいかに大事かということも教えてくれる。警察と消防とが同じ周波数の無線で連絡を取れ合えば良いものをそれをしないことで被害を大きくしてしまったようだ。

 警察のヘリコプターは両タワーの崩壊の可能性を報告し、特に北タワーについては危険が迫っていると警告した。だが消防の指揮者たちはヘリコプターからの報告を受け取ることができなかったばかりか、そもそも自分たちの部下ともしっかりしたコミュニケーションをとれていなかっ。警察と消防を結んだはずの無線機はオフィスの棚や車のトランクに放置され、使用されないままだった。北タワーが崩壊したとき、二百名もの消防士が建物の中にいたと考えられている。そのほとんどが、南タワーが崩壊した時点では、簡単に安全なところに後退できる場所にいた。二十九分の間に、階段を三十階か四十階分降りればよかったのだ。(中略)北タワーにいた人たちは、退避命令を受けた人も含めて、南タワーが崩壊したことはほとんど知らなかった。何人かの警察官と、彼らの話を偶然聞いた人たちを除けば、警察のヘリコプターのパイロットが崩壊はまもないと予測していたことを誰も知らなかった。きちんとした理由もないままに、消防士たちは重要な情報から隔離されてしまった。それは異常な状況が生じたというのに劣らず、警察と消防の間の関係が長年にわたって険悪なものであったことが原因で起きたことだった
(p361)

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2008年10月23日

「ゆったり泊まりたい癒しの湯治宿案内」



・「ここの温泉が本に紹介されていたので来てみました」とおっしゃるお客様がいらしたので、よくある地図会社で出しているガイドマップのようなものかなと思っていたところ、「この本ですよ」とわざわざ紙に書名と出版社名を書いて教えてくださいました。



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2008年09月28日

「秋田おそがけ新聞」が出版されました。

・昨日は「秋田おそがけ新聞」の出版記念パーティにお邪魔して楽しい時間を過ごしてきました。メタローさんご本人にお会いできてすったげ感動して帰って来ました。

・横書きのブログよりも縦書きの活字のほうが読みやすくて助かるという人間は存在する。私もそうですけど。

・この本を読んだ人の中から「おらも一日一本ネタを考えれば5年後には本が出版できるっかな〜」と新たなブロガーが出てくることを期待。
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2008年09月09日

【読書】ポリティカル・セックスアピール



@今回の自民党総裁選において、(1)推薦人が二十人集まらないうちから候補者づらしてテレビに出て語ってもいいのか。(2)参議院議員って総理大臣になれるのか。と、私と同じ点を疑問に思った方は案外多いんじゃないかと思います。

 
総理大臣は国会議員の中から指名されますが、ほとんど私の知ってる限り衆議院出身です。歴代首相の中で参議院出身の首相っているんですか?教えてください
 (教えて!goo)


 憲法上総理大臣を参議院議員から指名することは可能ですが、議会第一党の党首を首班指名するという憲政の常道と、参院は政党から距離をおく良識の府である、という二つの「常識」から、参議院議員が直接首班指名されたことはまだありません。ただ吉田茂は新憲法発布にあたり、一時参院からの出馬を検討したこともあるといわれています。新憲法下の総理大臣はすべて衆議院議員です。参議院の前身、貴族院時代でいえば清浦奎吾や近衛文麿がそうであるといえるのでしょうが。
 小渕恵三が亡くなったとき、もし総理大臣臨時代理を立てていたら(通常は内閣序列二位になることの多い官房長官が指名される)、このときの官房長官は青木幹雄でしたので参議院議員の総理大臣(代理)第一号だったのですが……。ちなみに臨時代理は過去に一度だけ、第二次大平内閣で伊東正義が就任しています。


つまり、参議院にいながら自民党総裁に立候補しようというのは「常識」のない行動だったということになります。

Aさて、本書はハリウッドの映画関係者と主に戦後のアメリカ大統領との関係を詳しく解説しています。ビル・クリントンがアメリカ大統領となった陰にはジャクソン・ブラウンを見い出し、トム・クルーズをっトップスターの仲間入りさせ、ジョン・レノンを復活させた辣腕プロデューサー、デヴィッド・ゲフェンがいたこと、そしてあることをきっかけにゲフェンがクリントンを離れオバマ陣営についたことなど詳しく書かれているので一気読みできます。

Bそれにしても日本の政治家はテレビに出ているときは、政治家としてではなくタレントとして活動しているようで政治家としての理念とか姿勢が見えてこないわ。ほんっとメディアの使い方が下手だわ。

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2008年07月19日

【読書】崖っぷち高齢独身者



@この本で定義されている「高齢独身者」とは38歳以上の独身男性、33歳以上の独身女性のこと。男性はともかく女性は33歳で高齢になるのか〜。

A結婚相手に性格の良さとか内面のやさしさを求めるというのは、前提として見た目の良さがあるということを忘れていませんかということを教えてくれてありがたい。が、18歳、20歳のときにモテなかった人が何もせずに30歳、40歳のときにモテるかもしれないというのは、20代のときに走るのが遅かった人が何もせずに40代になったら速く走れるようになると考えるのと同じような甘い考えだと、それ言っちゃあ身も蓋もないじゃん、と。

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2008年06月27日

【読書】高校野球「裏」ビジネス



@今年も夏の全国高校野球の地方予選が各地区で始まっているようで、全国大会の日程も北京オリンピックがある関係で例年より前倒しだそうですが、私の周りでは「オリンピックっていつから?」という人間が多い。さて、秋田県代表チームはここ10年くらいは初戦敗退が続いており「今年こそは!」の気持が強いわけで、同じ東北でも宮城や青森のチームが初戦突破は当たり前、悪くてもベスト8というところを毎年見せられると、秋田県の高校も他県からの転入をもっと積極的に受け入れてもいいんじゃあないのか、特に青森県の青森山田と光星学院の気合の入り方というか県外出身選手が多いチーム状況を見ていると、たぶんこの10年くらいの間に青森県のチームは全国大会で優勝する可能性がかなりの確率であると感じられる。

Aというように、関西出身の選手が地元の学校に入学して甲子園を目指すのではなく九州や北海道、東北などの高校にわざわざ入学するのは、そのほうが野球部でレギュラーになれる可能性が高いからそうしているのだと思っていたら、実は関西を中心としてあるボーイズリーグの存在が野球留学とは切っても切れない関係にあって、「君はこの高校へ行きなさい」みたいなところがあることが、この本を読むとわかる。たぶん私を含めて秋田県の人が高校野球に期待するものと関西の人、特に大阪の人が期待するものは異質のものじゃないかということはp124のあたりの文章からうかがい知ることができる。

大阪(関西圏)の人にとって、野球はある面では投資なのだろう。親が子供へ期待をかけた投資なのだ。投資に対して“モト”を取るひとつの手段が“野球留学”であろう。自分の子供を高く、有利な条件で、東北、北陸、四国、九州などの高校へ売ることは正当なビジネスと考えているのではないか。いわくつきの元プロでも、少々あこぎなおじさんでも、一時目をつぶってひたすら野球技術を磨かせ、念願のプロ野球や大学への道をつける目標へ押し込んでしまう。運が良けりゃプロまで行ける。


Bファイターズのダルビッシュ有は東北高校出身ですが、本当は東北高校ではなく高知の明徳義塾高校に入るはずが明徳側で「日本名の宮本有」を名乗るように条件を出したのでダルビッシュ側で拒否したとか、楽天の田中将大も奈良の智弁学園に決まっていたのが直前で智弁学園の監督が変ってしまったので駒大苫小牧に入学した、なんてことも書いてあります。
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2008年06月22日

【読書】小学生のキッチンでおやつマジック―実験しながら、おやつが作れる!




・夏休みの自由研究用の参考文献。
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2008年06月17日

オン・ザ・ロード



@池澤夏樹の手による世界文学全集の第一弾。この全集が市立本庄図書館で徐々に揃いつつある気配。市内の図書館は近いうちにネットワークで結ばれる予定だそうで、やるじゃんという感じ。

Aアメリカ現代文学はマンガを読むようにイメージを膨らまして半ば飛ばし読みをかけてちゃっちゃと読み進めるのがコツですね。
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2008年05月12日

「新世界より」(貴志祐介)



@描かれているのは一千年後の未来。日本には九つの町があって人口は五万人から六万人。人間はそんなにまで死に絶えてしまうのか!と感じるのは私たち現代の人間。この物語の主人公・渡辺早季は「そんなにいるんですか!」と驚いてしまう。その九つあるなかの一つの町神栖66町で物語が展開するわけで。神栖ってのは茨城県に実際ある街の名前。そのころになると霞ヶ浦は琵琶湖より広くなっているらしい。帰る時間になるとドボルザークの「家路」が流れるのは千年経っても変わらないようで。

A人間のほかの生物で残っているのはカラスだとかネズミだとかウジだとかそういうちょっと敬遠したくなるようなものがしぶとい生命力を発揮しており、しかも巨大化。どのくらい巨大かを以下に引用

イッタンハエトリガミは、ラセンキリミミズの穿った縦穴を、糸を吐いて垂直に移動し、階層間を移動する。ツチボタルのようにうっすらと緑色に輝き、身体からべとべとする粘液を分泌して、光に誘われた羽虫や蝿がくっつくと、体側に三十センチおきにある口で捕食するのだ。体長は最大で十二メートルに達し、トウキョウオオコウモリのような大きな獲物がかかると、ぐるぐる巻きにして窒息死ささせるという。


たぶん映画化されるだろうけど、ちょっと観たくないような。

Bこの一千年後の世界で子供たちがどのように扱われているのかとか、橋本・アッペルバウム症候群となってしまう少年の運命とか、人間とバケネズミの関係はどうなってしまうのかとか、時間を忘れて上下巻あっという間に読めます。
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2008年04月25日

【読書】くままごと



@タイトルは「くま」が「ままごと」のようなことをやっているのでついたんだろうと予測。劇画調の熊は大熊でか子(48)という名前らしいことが巻末のおまけコーナーでわかる。他にはマンガタッチの小熊がおおぜいと劇画調のパンダが登場。

A「冬眠してたらクリスマスもバレンタインもできないじゃ〜ん」という小熊の発言にノックアウトされました。
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2008年04月15日

【読書】半自叙伝(菊池寛)



@本日のWebさきがけによると、「徳田秋声の書簡が由利本荘市で発見」されたそうで、この明治期の作家さんは私にはあまり馴染みがないんですが、菊池寛が同時代の作家を評した文章の中に名前が出てきたので以下に引用。
それに比べると、徳田秋声のものは、立派に完成したものであるが、前期の諸作品と最近の「縮図」などが、殆ど同じものである。その技巧と人生の見方とが、数十年の間に殆ど変わっていないのである。尤も大抵の作家はそうであるが・・・


A他の作家も田山花袋の「蒲団」などは読んでいて少し気の毒になるくらいだったとか、森鴎外と夏目漱石とでは鴎外のほうを評価しているようで、「それから」などは、あの中に出てくる書生の風格や物言いなどで読者の興味を釣っているとしか思えない。肝腎の事件はつまらないのである。と漱石を酷評しています。

B子供のころは万引きの常習者だったとか、大学生のときは便所に落ちていたドイツ語の辞書を知らぬ振りして質屋にやったとか、そういうことをやってた人のようです。

C新聞社に勤めていたときの菊池寛の給与が興味深かったので。

 ・2年半勤めた、時事新報の月給が最初25円+手当て4円⇒29円。退社の時には月給+手当て⇒43円。これで社会部で2番目の月給取り。29円では下宿ができないのに加え、実家に毎月10円ずつ送金するので、しばらくの間は友人の成瀬氏宅に寄食。何か新しい財源を探さなければならないと菊池寛が思いついたのが財力のある婦人と結婚することだった。
その中には、私の妹の友達で、私も顔馴染である、女高師を優等で卒業した人なども交じっていた。しかし、その中で、私は一番条件のよい現在の妻を選んだ。一定の金額を月々送金してくれる上、将来まとまってある金額を呉れるという約束だった。
 私は妻の写真を見ただけで、現在の妻と結婚した。だから、私は妻がどんな悪妻であっても文句が云えないのである。しかし、私の妻はそういう持参金などよりも、性格的にもっと高貴なものをもっている女だった。私の結婚は、私の生涯に於いて成功したもののひとつである。


・まったく調子のよいおやぢですね。

・その後、大阪毎日に客員として入社したときの月給が90円だった、と書かれております。
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2008年02月22日

【本】こんなに使える経済学〜肥満から出世まで



第一章 なぜあなたは太り、あの人はやせるのか

第二章 教師の質はなぜ低下したのか

第三章 セット販売商品はお買い得か

第四章 銀行はなぜ担保を取るのか

第五章 お金の節約が効率を悪化させる

第六章 解雇規制は労働者を守ったのか


・この中で、第二章と第五章が特におもしろかった。

・第二章では、「男女雇用機会均等法」が施行される以前は女性が賃金の高い大企業へ就職することが難しく優秀な女子学生が多く教師になっていたのだが、「均等法」以後は優秀な女子学生の就職先が教師から一般企業にシフトしたのでその穴埋めに成績の優秀でない男子学生が教師として入り込んできたので教師全体の質の低下が起こった、と以上のような分析をしているのでそれじゃ男の先生が馬鹿みたいじゃないかと感じてしまった。

・第五章では、不況時にはどのように行動するのが良いのか、ってことで。不況のときには公共事業を増やして景気を刺激しましょう、そうすれば乗数効果によって消費が追加的に増大しそこから新たなモノやサービスの購入、再び新たな消費と連鎖的に拡大するじゃあないか、というのがケインズの「不況の経済学」なわけですが。

A:公共事業でのカネの流れというのは

 政府が国民から税金を集める⇒公共事業で失業者を雇って給与などで支払う

B:失業手当を払うということは


 就業者から失業保険料を集める⇒失業者にまわす


 AとBでは支払いの名目が違うだけで、一定額が国民から国民に渡されたという意味ではやってることは同じ。なので、公共事業で消費が増えて所得が拡大するんだったら失業手当でも同じく消費拡大所得拡大になるはず。不況下に公共事業をやって評価されるのはできたものに価値があるかどうかであるから、とりあえず失業者がいなくなったんだからアナ掘って埋めなおす工事だってやらないよりやったほうが良いのだ、という考えはちょっと違うんじゃないのか、という結論。

・不景気の時に節約することは本当の意味での節約にならないばかりか、人々から働く場を奪い労働資源を無駄に捨てて経済全体のほんとうの効率を悪化させる。ということについて。p161から引用。

 いま社会全体で、1人当たり100万円のお金があるとしよう。そのとき、欲しい物がたくさんあって、皆が毎月50万円を支出するなら、それはそのまま誰かの収入となって、各人が平均50万円を受け取るはずである。kのとき、全体ではお金は増えても減ってもいないので、各時点で各人の手元にあるお金は、相変わらず平均100万円である。一方、この経済での1人当たりの年収は50万円×12か月=600万円、支出も600万円となる。

 次に、人々が節約に励み、つきに10万円しか使わないとしよう。月収が以前と同じ50万円なら、毎月40万円が残るから、1年で480万円もたまるはずである。しかし、そうはなり得ない。1人当たり毎月10万円しか使わなければ、平均月収は50万円ではなく10万円になるから、年収はたったの120万円になる。つまり、人々が節約すれば、それに応じて収入も下がるから、手元にあるお金は増えず、相変わらず100万円のままである。使っても使わなくても、お金の量は変わらないということである。

 このように、手元にあるお金の量と、入ってくるお金の量とはまったく異なる。不景気にお金がなくなると感じるのは、この二つの区別がついていないからである。



 
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2008年02月20日

【本】数学でつまづくのはなぜか



@「第1章 代数でのつまずき」「第2章 幾何でのつまずき」までは私の中ではすでに知識となっているのでたいへん良く理解できたが、「第3章 解析学でのつまずき」の途中から「おまえは何がいいたいんだ?」状態になってしまった。それは、p120に「対数関数」が登場したあたりからで、そのあたりの文章を以下に引用。

対数関数は計算機のはしり

対数関数log x は、十六世紀のスコットランドの数学者ネイピアによって考案された。これも、関数としてではなく、数表として与えられたものだった。対数にもいろいろな種類があるが、最も標準的な「常用対数」は、「ケタ数」を拡張したものだと考えればいい。出発点は位取りの数(10のべき)に「ケタ数引く1」を対応させる表だ。
この表には、とても重要な特徴が潜んでいる。それは、左側の列において「掛け算の等式」が成立すれば、右側の列に対応する場所では「足し算の等式」が成立するということだ。


・「べき数」って何?、というわけで全く意味がわからないままで人生過ごしてきたのであらためて新明解国語辞典をば。

べき【冪】〔数学で〕同一の・数(式)を何回か掛け合わせた結果の元の・数(式)に対する称。累乗。乗冪。
「巾」は、和算家以来の伝統的な代用字。


・漢和辞典で「冪」を見ると、@おおい、おおいぎれ、たれぬのAふきん、食物をおおうきれBおおう、かぶせるC〔数〕べき。同じ数の相乗積

・つまり、「べき数」というのは「ある数を覆っている数」で、その原理を使って計算機が成り立っている、ということなのか。

A「20数えたらお風呂からあがりましょう」とか「うちの子は小学校に入る前から100まで数えられた」とか、それは「数詞をとなえること」ができるということであって、「数を理解している」こととは異なる、という説明でびっくりした。「2は1の次ですよ」「3は2の次ですよ」と「数をとなえる」ことで「数とは何か」を教えようとするのは「数え主義」と呼ばれ、この方法がこどもがつまずく原因になっているということである。また、p163でサマンサ・アビールという数が理解できない学習障害者の話が出てきてとても興味深い。
 店員が「15ドル28セントです」と言ったので財布を開いてみた。すると中には、20ドルが入っていた。それでは足りないかもしれないと思ったわたしは、時間かせぎに、店員の言った値段をおうむ返しに繰り返した。(中略)
 わたしは財布を覗き込むと、一瞬ためらってから、20ドルを取り出した。その瞬間、心臓が止まった感じになった。音という音は消えうせてしまった。店員に20ドル札を手渡し、その反応をじっと観察していたときは、すべての動きがスローモーションにでもなったかのようだった。20ドルでは足りないという暗黙のサインを読み取ろうとしていたのだ。
posted by しょーじ(の) at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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